大判例

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福岡高等裁判所 昭和33年(ネ)326号 判決

控訴人 中村秀太郎 外一名

被控訴人 国

訴訟代理人 中村盛雄 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠関係は、控訴代理人において、

一、仮りに本件譲渡が詐害行為にあたるとしても、国は譲渡に対する課税をしているので、詐害行為取消権を放棄したものである。このことは、福岡税務署が二度に亘つて差押処分に出たのであるが(乙第二二号証の一乃至三、甲第一一号証)、その後本件物件に対する差押を解除し、昭和二八年三月三一日有限会社中村石材工業所より中村秀太郎への譲渡価格金一、六一三、五一七円五〇銭は不当に安い価格であるとし、譲渡価格を三、五七〇、〇〇〇円と認定し、その差額一、九五六、四八二円五〇銭は譲渡差益であり、秀太郎個人に対する賞与であると認定し、これに対し法人税八六二、八〇〇円、認定賞与の源泉所得税及び加算税として一、二一〇、三〇五円合計二、〇七三、一〇五円の課税をしている。又中村石材工業株式会社は、秀太郎より本件不動産を一、六七〇、〇〇〇円で譲り受け、訴外株式会社日立製作所に金二、二五〇、〇〇〇円で売却しているのでその差益金五八〇、〇〇〇円より雑費を差引いた金二一四、〇八一円について営業外雑収入として課税され、既に譲受人たる控訴人中村石材工業株式会社から納税されていることは、被控訴人も争わないところである。福岡国税局は昭和二八年四月中村石材工業株式会社に係り員を派遣して調査し、本件譲渡は詐害行為である旨考慮を求めながら、昭和二八年度法人税として昭和二九年二月一〇日、昭和二九年度源泉所得税として同年一〇月六日をそれぞれ納期として、右納期の各一ケ月前に徴税令書を発行しているのであつて(甲第二二号証の二)、本件物件以外の差押物件に対しては公売処分を断行し、本件物件に対しては従前の差押解除処置を認めると共に譲渡行為に対し課税措置を採つたのであるから、このことは明らかに詐害行為取消請求権を前記譲渡に伴う法人税、源泉所得税の徴収令書発行に及んだ際放棄したものであり、少くとも控訴人中村石材工業株式会社から譲渡差益金に対する課税を徴収したことによつて、放棄を確認したものといわねばならない。

二、仮りに詐害行為取消請求権の放棄が認められないとしても、本件譲渡行為を前提として二百余万円に亘る課税をし前記株式会社からこれが納付を受けながら、更に本件譲渡行為そのものを取消し、物件又はこれに代る金員を徴収しようとする行為は、矛盾も甚だしく著しく信義誠実に反する行為であつて、斯様な場合詐害行為取消請求権の行使は権利の濫用として許さるべきでない。

と述べ、乙第二六号証を提出し、当審証人星子工、同森山福太、同池上朋久、同木野田竜馬、同塚田瑛子の各証言を援用し、

被控訴指定代理人において、

詐害行為取消請求権を被控訴人が放棄したとする控訴人等の主張はこれを争う。被控訴人は、本件土地建物が滞納会社と控訴人等との間に売買された結果譲渡差益ありと認定し課税をしたのであるが、譲渡差益に対する課税と、右売買行為が詐害行為に該当するとしてこれが取消を求めることとは全く無関係である。けだし詐害行為取消の効果は相対的のもので、詐害行為取消の判決が確定しても、被控訴人と控訴人等との関係において売買行為を無効ならしめるに止まり、滞納会社と控訴人等との間において本件売買行為は有効に存続しているからである。従つて本件売買行為を詐害行為として取消を求めようが、求めまいが、滞納会社と控訴人等間においては、本件売買行為の効力に関し何等の消長もきたさないから、控訴人等の主張は失当である。

なお被控訴人は、昭和二七年一一月二八日本件物件に対しなした差押を解除したことはあるが、その後同二八年二月一一日本件建物については改めて差押をしているのであつて、該差押は解除されていない。

と述べ、乙第二六号証の成立を認めたほか、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

理由

当裁判所は、被控訴人の本訴請求は総て正当として認容すべきものと認めるのであつて、その理由は左記諸点を附加するほか、原判決の理由中に詳細説示されているとおりであるから、これを引用する。

一、被控訴人国が、控訴人等に対する詐害行為取消請求権を放棄したものであるとする主張、並びに被控訴人の本訴請求は権利濫用にあたるとする主張について。

本件宅地建物が、昭和二八年一二月二八日控訴会社中村石材工業株式会社から訴外株式会社日立製作所に代金二二五万円で売却され控訴人中村秀太郎から譲り受けた際の価格一六七万円との差額五八万円から雑費を差引いた金額二一万四千八拾一円に関し、控訴人中村石材工業株式会社の営業外雑収入があつたものと認定し、被控訴人国が右譲渡差益金に対する課税をしていることは、当事者間に争いのないところで、右課税が既に徴収ずみである点に関しては、被控訴人において明らかに争わないところである。そして本件請求は滞納者である訴外有限会社中村石材工業所と控訴人中村秀太郎個人間の売買による譲渡行為の取消を求めるのであるから、控訴人中村石材工業株式会社並びに訴外株式会社日立製作所間のいわゆる転得者間の譲渡行為は依然として有効に存続し、本請訴求によつて何等影響を受けないのであるから、前示株式会社に対する譲渡差益金の課税と何等矛盾するものでないことが明らかで、同株式会社に対する課税が徴収ずみであることによつて本訴請求は何等影響を受けないことも明白である。只後に本判決が確定し、本件不動産の価格である二二五万円の損害賠償債務を完済した後において、譲渡差益金の認定に関し、被控訴人に対しその修正を求め得る権利があるにすぎないものといわねばならない。

次に債務者である滞納者訴外有根会社中村石材工業所が、昭和二八年三月三一日現在において、法人税等四、一〇一、二四〇円の租税滞納をしていたことは、本件当事者間に争いのないところであり、同有限会社は同日解散し、その債権債務など一切の資産が、控訴人中村石材工業株式会社に譲渡されながら、右滞納税額に関し今日に至るまで公売処分によるものを除いて納入された形跡はなく、右被保全租税債権が存在することは当事者間に争いがない。凡そ租税債権は、国家予算の根幹をなすものであるから早急に確定し、所定の納期その他の手続に従つてこれが徴収を実現すべきものであることは論をまたないところで、税務係り官において徴収権ありと思料されるものは早急にこれが実現を図るため所定の徴収令書を発布すべきものといわねばならず、右徴収令書を発したことによつて、国税徴収法第一五条に認められた詐害行為取消請求権を放棄したものとする所論は、到底採用の限りでない。けだし、右詐害行為取消請求権は、滞納処分を執行するにあたり、滞納者が財産の差押を免れるため故意にその財産を譲渡したものと認められる場合に、滞納者の財産を回復せしめ、該財産から租税債権の満足を得んがため認められた租税債権保全のための最終的対抗手段であつて、このことは、抵当権によつて担保された債権を有する債権者が、債務者の不動産処分を認めて右売却代金から債務の支払をするよう本来の履行を請求する一方、抵当権の実行によつて買受人の取得した不動産に追及するほか、最悪の場合には、債務者の右不動産売却行為をも取消し、債務者をして該不動産を回復せしめ、該不動産の価値によつてその債権の満足を得ようとするのと、同一であつて、債務者の不動産処分を認めて本来の債務履行を求めたからといつて、詐害行為取消請求権の放棄があつたものということのあたらないのと同一である。

しかも滞納者である訴外有限会社が、前示被控訴人の滞納租税債権に対しこれを満足せしむるに足る納入もせず、その資産はあげて、控訴人中村石材工業株式会社に対し譲渡したほか、本件宅地建物に関しては、控訴人中村秀太郎を介し同株式会社に譲渡するに及び、滞納者たる訴外有限会社には租税債権を満足せしめるに足る資産は何一つないのであるから、控訴人等主張の源泉所得税、法人税の徴収令書が発布されたからといつて、これを以て詐害行為取消請求権の放棄にあたるとする所論が、到底採用に値しないことは明らかである。

又、詐害行為取消請求権の行使は、既に説示したように債務者が債権者に対しその債権を害するため債務者所有財産の処分、隠匿など不信の行為に及んだ際、債権者の執るべき最終対抗手段として認められた制度であつて、これが行使はもとより当然であるといわねばならないのみならず、被控訴人の右取消権の行使も亦、滞納者たる訴外有限会社中村石材工業所に何等の資産もないところから、やむを得ない手段として執られたもの亡あることは既に前示説明によつて明らかであり、これを控訴人等主張のような権利濫用にあたるものとすることはできない。

二、その他当審証人木野田竜馬及び同塚田瑛子の各証言中、本件不動産は、元来控訴人中村秀太郎個人の所有で、訴外有限会社中村石材工業所の所有名義にしたのは、同会社の仮払い債務決済のため税務署員の指示によつてなされた帳簿上の操作にすぎないから、詐害行為取消の対象たり得ない行為であるとする控訴人等の主張に副う供述部分は、成立に争いのない甲第六乃至第一〇号証(但し甲第八号証は一、二)並びに原審証人木村穣の証言に照らして措信できないところで、他にこの点に関する原判決の認定を動かすに足る資料は何等発見することができない。

従つて本件控訴はいずれも理由がないので、民事訴訟法第三八四条第一項、第八九条、第九三条第一項を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 中園原一 厚地政信 原田一隆)

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